永住権非保持者がシドニーで出産を決めた理由
私はシドニーの公立病院で長男を出産しました。
日本で産んでシドニーに戻ってくる手もありましたが、
戸籍の登録、パスポート申請、ビザ申請受理のプロセスを考えると半年くらいかかると思って
いきなり生後6ヶ月の赤ちゃんが家に帰ってくるのは
ちょっと生活が違いすぎて家族のリズムが作れないと判断しシドニーで産むことにしました。
国際結婚をしているが故に文化の違いや言葉の壁も普段からあるので
お互いに家族としてのリズムを作っていくのは大切なことだと思います。
私が実家に帰って親を頼るのは簡単なことだけど
家族になった主人と家族としての時間を作り上げていくことは大変だけど大切で必要な時間だと思っているからこその判断です。
永住権を取得する予定がある中で、まだ永住権非保持者という立場でシドニーで妊娠期間と出産をする
ということはとても勇気が入りました。
お金の不安や言葉の壁や文化の違いによる不安など、考え始めたら色々心配でした。
でも、分からないなりに一つづずのステップを確実に踏んで調べることを怠らなければ
そんなに恐れることではないと思います。
人によっては、永住権も持ってない人が出産するなんて!国に帰れ。と叩く人がいます。
でも、私たちなりの考えがそこにあること、自分たちの責任で出産する覚悟があることを理解していただけたらと思います。
妊娠期間中の変化
妊娠初期、私はつわりというほど吐くほどのものはありませんでしたが、
吐き気がするというのはよくありました。
匂いにすごく敏感になって、特にご飯の炊ける匂い、油の揚げる匂い、香水の匂いが無理でした。
また、食べ物にも変化があり、味の濃い味噌ラーメンみたいなものが欲しくなったり
食べたくない時はオレンジジュースを飲んだりしました。
妊娠中期になると、ずーっとお腹が空いていて、しかもお腹が空くと気分が悪くなり、
食べすぎても気分が悪いという状態だったので、常に何か口にしていました。
妊娠性の湿疹も出て1ヶ月以上腕や足に痒みが出て夜も寝られない日々が続き辛かったです。
妊娠後期になるとお腹が大きくなってきて動きにくいし寝る時に上を向いて寝られないのが
とてもストレスで妊娠期間中はずっと思い通りに動けないし
生物食べれない、お酒飲めない、重いもの持てない、自由にできないという感じで
制限がいくつかあるのがとても不快でした。今思えば妊娠期間は尊く感じますが、あまり好きではなかったです。
陣痛はパニック、Uberで病院
出産予定日の前日、母が日本から来豪してくれました。
本当は父も一緒だったのですが、観光ビザがうまく通っていなくて東京で足止めをして東京の姉の家に世話になり母だけ先に来るアクシデントがありました。
母は普段、あまり1人で何かをするタイプではないのですが、意外と飛行機や空港で外国人に日本語で構わず話しかけ
シドニーまで意外と楽しんで来れた様子でした。
主人はすでに1ヶ月のホリデーをとっていて始まったばかりでした。
空港に母を迎えに行って家に帰り、ゆっくり休んでもらいました。
夜になって父が次の日の朝の便でシドニーに来れることになったので、早く寝ようと思っていたところ
22時くらいにネトフリ見てたら腰にテニスボールが当たったような感覚とパチっという音がして
振り返って「ん?」と起き上がったら水の流れる感覚があり、速攻主人を呼んでトイレに座りました。
少しずつ生理痛のような痛みともっと強い痛みが交互にやってきて、
最初から5分間隔で陣痛がきていて陣痛タイマーを使って記録していましたが、
間隔が変わらないのですぐに病院に連絡しました。
陣痛って最初は30分間隔とかで来るものだと思っていたので、
最初から5分間隔で陣痛が収まらずパニックになっていて電話をしたのに英語が全く出てこず
電話で通訳を使って欲しいと言われたので電話通訳(131450)に連絡して日本語をお願いし、
病院の連絡先に電話してもらってなんとか会話ができました。
病院側からは1時間ほど様子を見て陣痛の間隔が変わらなかったらまた連絡をするように言われました。
しかしながら45分経過しても一向に陣痛の間隔は変わらなかったので1時間も待てないまま
病院に再度連絡したらすぐに来てくださいと言われました。
この時に、部屋が空いていれば水中分娩ができると聞いていたので水中分娩希望と伝えました。
私たちは当時、車を持っていなかったので、病院に向かうのはUberにしようと決めていました。
事前に調べてはみたのですが、Uberの運転手によっては断る方もいるとか、いないとか…
嫌がられるかなと思いながら、主人が先にUberを呼んで運転手に説明、
その間に家から車までの道のり(2階から廊下歩いでエレベーターで降りるだけ)
で何度もうずくまってハイハイのような状態でなんとか車に辿り着きました。
母が防水シートを座席にひいて、私はバスタオルで下半身ぐるぐる巻きにした状態で
運転手に汚しませんよアピール。
痛みに耐えながらなんとか病院に連れて行ってもらいました。
病院に着くなり歩けなくなり主人に車いすを持ってきてもらってなんとか分娩室に辿り着きました。
水中分娩
看護師さん2人がすごいリラックスした様子で待っていて
まだ産まれないだろうと余裕ぶちかました態度で、まず尿を採取するよう言われました。
が、しかし、一向に頑張っても何も出ません。
何も出ないことを伝えると今度はベットの上に寝転ぶように言われ子宮口を測られ、
7cmと言っていました。そりゃ尿も何もでねぇわ。って感じでびっくりしていて
今度は無痛の注射を打つかを聞かれました。
私は産まれそうだからすぐにお湯に浸かりたいと言ったら、電話で事前に水中分娩希望を伝えていたにもかかわらず
準備されていなくて、とりあえず大きい部屋に通されました。
(水中分娩の場合、無痛の注射は打ちません。)
そこはキングサイズぐらいのベットとお風呂場がセットになった部屋で薄暗くリラックスできるような環境になっていて
湯船にお湯を張るからちょっと待ってくれと待たされ、なんとかお湯に浸かることができました。
お湯に浸かると陣痛が促進されて産まれてくる感覚が分かりました。
看護師さんたちは手鏡で子宮口を見る、がんばれーって声かけ、たまに心音を確認
するぐらいで、産むのを試されているかのようでした。
湯船は保温性がなかったので、どんどん冷たくなっていきました。その度に水を抜いたりお湯を足したりしてもらいました。
主人と母の手を片方ずつ両手で握り締め4時間後、長男が誕生しました。
出産したら即退院。
出産後はすぐに赤ちゃんのチェックアップがありました。
朝方だったので、看護師さんがトースト食べる?って言ってパンを焼いてくれて食べました。
朝になっていたので父がシドニーに到着することになっていたので、主人にUberで迎えに行ってもらい、父も病院に到着。みんな寝不足なのでしばらく部屋で休みました。
病院の朝ごはんも到着、鳥の餌みたいなシリアル?や牛乳など普段全く食べることのないものが出ました。
お昼になって家族は帰っていき、私は赤ちゃんと二人で休みました。お昼ご飯はコンビニみたいなサンドイッチのパックが2つでした。
夕方になって病棟に移され、夕食に味のついてないポテトとラム肉の薄切りと塩でした。
塩は自分でかけて味付けするみたいです。
急に両親と主人がコミュニケーションできているのか心配になって
主人に連絡したら「帰ってきて欲しい」とのこと。
看護師さんに事情を説明したら帰れることになり、主人に迎えにきてもらって
帰りはチャイルドシート付きのタクシーをお願いして、それで帰りました。
安産に感謝
初産なのに4時間で産まれるのは安産だったようで、海外で特に大きなアクシデントもなく
元気な赤ちゃんを産むことなんて本当にありがたいことだと感じます。
人によっては切迫早産で入院したり、吸引機で赤ちゃんを引っ張って出産したり
後になっていろんなママ友から大変だった話を聞き、私は何事もなく安産だったんだなと感じます。
元々、いとこもいないような小さな家族なので、
新しい命の誕生をご先祖様に守っていただいたのではないかと感謝でいっぱいの気持ちになりました。
産後に両家顔合わせ
実は私たち夫婦はコロナ禍にシドニーで結婚したため、お互いの両親が会ったことがなかったため
主人の両親と私の両親が来豪するタイミングで顔合わせを予定していました。
ちょうど出産して1週間後くらいの予定になりましたが、
なれない授乳や寝不足でこんな予定を詰め込んでしまったので
すごいバタバタしてしまって気持ち的に落ち着かなかったです。
出産の記憶
今回は3年前の出産を思い出しながら書きました。
いつの日かこの日のことも忘れてしまうのかなと思いながらも
今年産んだ娘のことも今度書こうと思います。
最後まで呼んでいただきありがとうございました。



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